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執筆者の写真晋平 ハマダ

シュワっとキレのある黒ラベル

更新日:2020年9月18日

僕の主観ですが

一番美味しいビールは「黒ラベル」と思っています。

だからこそ自信をもってオススメが出来る!


まさにこだわり続ける黒ラベルだからこそ、常に、目指すのは、「完璧」なうまさ。

それは、麦のうまみと爽やかな後味の完璧なバランス。味や香りを新鮮に保つクリーミーな泡。

何杯飲んでも飲み飽きない、ビール好きの大人たちに愛されるビールへ


サッポロビールの歴史は北海道開拓史とともに

出典:サッポロビールサイト

サッポロビールの歩みは明治9年(1876年)に始まる

「サッポロビール」の歴史は、その名の通り、北海道は札幌の地で幕を開けます。 明治新政府によって北海道開拓使が置かれたのは明治2年(1869年)のこと。その2年後には庁舎が札幌に移され、ここを拠点に多くの事業が興りますが、そのひとつがビール醸造業でした。 明治9年(1876年)に完成した「開拓使麦酒醸造所」の開業式の記念写真には、「麦とホップを製す連者(れば)ビイルとゆふ酒になる」との文字が残されていて、これがサッポロビールの起源と言えます。


サッポロビールの原点「札幌ビール」が誕生

開拓使麦酒醸造所でビール造りを指揮したのは、日本人として初めてビールの本場・ドイツで修業した中川清兵衛氏でした。 ドイツ伝来の低温で発酵・熟成させる醸造法で造られたビールは、明治10年(1877年)に「札幌ビール」と命名され、販売を開始。そのラベルに描かれた「北極星」は開拓使のマークでもあり、現在も続くサッポロビールの伝統のシンボルです。


サッポロビールの前身、「札幌麦酒」の誕生

出典:サッポロビールサイト

サッポロビールの民間企業としての歩みがスタート

サッポロビールの起源となった開拓使麦酒醸造所は、明治15年(1882年)の開拓使の廃止にともない「札幌麦酒醸造所」と名を改めます。その後、北海道への本土資本の導入を奨励するため、民間に払い下げられます。 明治を代表する実業家、大倉喜八郎氏のもと「大倉組札幌麦酒醸造場」として新たなスタートを切ったのが明治19年(1886年)のこと。翌年の明治20年(1887年)12月28日には新会社「札幌麦酒会社」に社名を改めます。これは、まだ黎明期にあった日本のビール事業の足場を固めるべく、政財界に影響力を持つ資本家に参画してもらうためでした。


サッポロビール草創期を支えた渋沢栄一

札幌麦酒会社の経営陣には明治の財界人が顔を揃えていますが、なかでも注目なのが、2024年から発行される新1万円札の肖像画に選ばれた渋沢栄一氏です。 渋沢氏は、幕末から明治、大正、昭和にかけて活躍した実業家で、銀行や製紙業、保険業、ホテル業など多くの事業を興し、「日本の資本主義の父」とも呼ばれる人物です。生涯で経営に関わった企業は500以上とも言われていますが、サッポロビールもそのひとつであったことはあまり知られていません。 2021年度のNHK大河ドラマは渋沢氏が主人公ですが、ドラマ内で日本のビール業界草創期がどう描かれるか、今から注目ですね。


「サッポロビール」の復活、そしてサッポロビール株式会社へ

出典:サッポロビールサイト

市場の7割を占める巨大メーカー「大日本麦酒」の誕生

サッポロビールの前身となる札幌麦酒は、明治36年(1903年)、札幌工場に加えて東京工場を完成させ、競合他社との厳しい競争に打ち勝ち、明治38年(1905年)にはビール製造業で業界トップの座を獲得します。 その後、「競争よりも団結」との方針から、札幌麦酒はトップを争っていた日本麦酒(恵比寿ビール)、大阪麦酒(朝日ビール)との大合同を果たし、市場の7割を占有する「大日本麦酒株式会社」が明治39年(1906年)に誕生しました。


「サッポロビール」復活を待ち望む消費者の声を受けて

東洋最大のビールメーカーへと成長した大日本麦酒でしたが、第二次世界大戦後の昭和24年(1949)年、過度経済力集中排除法の適用を受けて分割されます。 この際、「サッポロ」と「ヱビス」の事業を継承したのが日本麦酒でしたが、再スタートにあたってブランド名としたのは「ニッポンビール」でした。全国展開を意識した命名でしたが、かつての味わいを懐かしむ人々は「サッポロビール」の復活を熱望。その声に応えるべく、昭和31年(1956年)に北海道で「サッポロビール」が復活し、翌年には全国発売。その好評を受けて、昭和39年(1964年)には社名もサッポロビール株式会社に変更したのです。


サッポロビール躍進の3本柱、「ヱビス」「黒ラベル」「ラガー(赤星)」

https://www.sapporobeer.jp/lager/

サッポロビールが復活させた人気ブランド「ヱビスビール」

「サッポロビール」に続き、戦前の人気ブランド「ヱビスビール」が復活したのは、昭和46年(1971年)のことでした。 「ヱビスビール」は明治23年(1890年)の発売開始以来、その品質の高さで人気を博した“日本初のプレミアムビール”とも言える存在です。サッポロビールでは、このブランドを復活させるに当たり、品質へのこだわりを継承。戦後初の麦芽100%ビールとして復活させました。


「サッポロびん生」から「サッポロ黒ラベル」へ

「ヱビスビール」とともに、現在のサッポロビールの代表的なブランドが「サッポロ黒ラベル」です。 「サッポロライオン」などビヤホールで定評を得ていたサッポロの生ビールは、昭和52年(1977年)に「サッポロびん生」として発売。そのラベルの色調から「黒ラベル」の愛称で親しまれたことから、平成元年(1989年)に正式にブランド名とし、現在もロングセラーとして愛されています。


サッポロビールを象徴する「サッポロラガービール(赤星)」

現在、下町の酒場や、ちょっと高感度のオトナたちに人気のブランドと言えば「サッポロラガービール」でしょう。そのラベルに描かれた赤い星は、開拓使のシンボルマークとして「札幌ビール」時代から受け継がれてきたもの。 「赤星」の名で愛され続けた、日本でもっとも歴史あるビールブランドこそ「サッポロラガービール(赤星)」にほかなりません。 「サッポロビール」の歴史は、明治初期から始まった国産ビールの歴史でもあります。私たちが普段、味わっているビールには、多くの先人たちの智恵と努力が詰まっていることを、たまには思い出してみるのもよいかもしれませんね。 製造元:サッポロビール株式会社 公式サイトはこちら

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